今から思えばリチャードとゲーリーのニアミス辺りから、まさに、現代建築の分岐が象徴されていたのかもしれませんね。ビルバオは美術館というよりもトレーニングジムの様。リチャードの方も延々と退屈なアプローチを歩かせるにしても、それはあくまで飾りの様なもの。美術館というテリトリー自体に限界があるにせよ、一言で捕らえれば、建築の変容、或いは分かれ道だったのでしょうね。感情を撥ね付けるチタニウムに似て。
竹ノ内淳
:2008/01/18 15:21:49 ID:3970