本来の意味とは違いますが、ある意味、現代の分離派の兆しが内包された面白い作品ですね。(私が勝手に分離派と呼んでいるのは、篠原一男の未完の家から始まる内奥の亀裂からスタートする、内なる乖離のことです。内部と外部以外の空間という意味で使っている言葉です。所謂、昔の建築運動の事ではありませんので念のため)ここでの試みは円弧を介在させていますが、円弧の持つ求心力と斥力の2つのチャンネルの操作だけで統一しようという、かなり危うい選択をされています。円弧の接点はお隣り同士の空間の起点と終点。その接点の集合をシンプルな箱で切り取ることで、外部からは決して伺いしれない内部を閉じ込めています。訪れた人が、最後に振り返って見たときの違和感こそが、実は重要な事なんですね。内側は外部から乖離しうる。あなたにとって、建築の内奥とはなんですか?私はいつもそんなことを尋ねてみたいと思っています。
竹ノ内淳
:2008/03/31 05:07:40 ID:4371